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バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

大都会テヘラン

                       ≪九月三十日≫    ―壱―

   二三度バスの振動で、目を覚ましたが、座ったままの姿勢で眠りこけていた。
 次に目を覚ました時は、バスの窓の外が白々と開け始めていた。
 地図によると、ここはカスピ海の南「サリ」と言う街に近い所をバスは走っているはずだ。
 しかし、一向に海らしきものは見えてこない。

   このカスピ海の東側に広がっているはずの、大平原はモロッコの騎馬民族が「キスタイ」と言う国を作った発祥の地であると言う。
 国を興したというより、侵略で奪った国である。
 一部の民俗学者は、この付近が日本民族の発祥の地だと言うが本当だろうか。
 少なくとも、この付近の人達も、モンゴルの襲撃で国を奪われて、日本まで逃げ延びてきたのかも知れない。

   「サリ」の街らしき所を抜けると、山の中にバスは入っていく。
 この山を抜けると、テヘランと言う街に入るはずである。
 緑をたくわえた山々が消えていき、砂漠で見たような土と石ころだらけの、索漠とした風景が姿を現した。
 山すそをバスは、右に左にハンドルを切りながら快調に走っている。

   一番高い山が見えてくる。
 万年雪だろうか、頂きに白い雪が残ったままだ。
 あの山の向こうに、ソ連領がある。
 俺達日本人には、陸続きの国境がどういうものなのか知らない。
 バスの窓から入り込んでくる陽射しは、思ったより強い。

                         *

   途中、山の中のレストランでバスは停まった。
 食事らしい。
 レストランの前にある駐車場には、もう何台もの大型バスが停まっていた。
 レストランの後ろは、切り立った山がもうそこまで迫っている。
 道路の反対側は、吸い込まれそうな谷が口を大きく開けて待っている。

   食堂に入る。
 テーブルに座って待っているが誰もやってこない。
 皆を見ていると、ウエイターの持ったティーを奪い合うように取っている。
 待っていては、いつまで経っても食事にありつけないことを知った。
 まるで、果実に群がる蜂のようだ。

   食堂で、日本人青年に遭遇した。
 この青年、テヘランの”アミール・カビール”ホテルで同室になる青年だった。

       俺 「日本の方ですか?」

   分っていながらも、こう声を掛けてしまう。
 韓国人や香港の人と良く間違える事があるからだ。
 韓国人や香港人は、実に良く英語を操る。
 それに比べて、日本人はほとんど英語が喋れない。
 いや、喋ろうとしないのだ。

       俺 「これから・・どちらへ?」
       青年「テヘランです。」
       俺 「どっちから来たんですか?」
       青年「パキスタンから直接イランへ入りました。」
       俺 「南から?」
       青年「実は、ヨーロッパから空路でパキスタンに入って、Uターンしてヨーロッパに戻る所なんです。あなたは?」
       俺 「俺はアフガンから・・・・・。」
       青年「パキスタンから直接入るのは、大変だと聞いていたんですけど・・・。」
       俺 「バスが少なくて、何日も掛かってしまいましたよ。」

   暫く喋って、名前も聞かず別れてしまった。

                       *

   食事を済ませてバスに乗り込むと、またあの暑い陽ざしが心地よく・・・眠ってしまっていた。
 再度目を覚ますと、もうバスはテヘランの街に入っていた。
 大きな街だ。
 イランの首都なのだから、当たり前と言えばそうなのだが。
 バスはすぐ、バス・ガレージに入った。
 このバス・ガレージが、テヘランのどの辺りにあるのか全く分らない。

   隣の毛唐に声を掛けた。

       俺 「Do you know、cheap Hotel?」
       毛唐「Yes、ペラペラ・・・・・・・・!」
       俺 「Can I go to there、with you?」

   めちゃくちゃな英語でも通じるのだ。

       毛唐「Come on!」

   毛唐と一緒に、テヘランの街へ入っていった。
 時計は午前10時を指している。
 空は素晴らしく青い。
 バス・ガレージの前には、片側三車線の道が広がっていた。
 道はぎっしりと車が埋め尽くされている。
 毛唐が、目的地まではちょっとあるので、タクシーで行くと言い出した。

   旅行者が道端に立っているので、タクシーはすぐにやってきた。

       運ちゃん「タクシーはどうだい?」

   誘いを掛けてくる。
 そのタクシーには目もくれず大きな声で叫びだした。

       毛唐「セファー!セファー!」

   ヒッチハイクよろしく、毛唐が手を上げる。
 どうやら、セファー地区に行くようだ。
 五分ほど粘って、ついに一台の白タクをつかまえた。
 毛唐が、運ちゃんと値段の交渉をし始めた。

       毛唐「一人50リアル(200円)だ。」

   毛唐三人と俺の四人がタクシーに乗り込んだ。
 かなり走って降ろされる。
 ここがセファー地区だと運ちゃんが叫んだ。
 近代的なビル群が見えている。
 目の前のビルを見ると、”PLACE OF SEPAH”と書かれてある。
 道の両脇には、ホテルだのバス会社だのタイヤ会社のオフィスが、入り乱れて林立している。

   そんな中に、「AMIR KABIR HOTEL」と書かれた看板を見つけた。
 毛唐が指差した。

       毛唐「あれだ!」

   このホテルは、旅人の聖書と呼ばれている「アジアを歩く」に載せられていて、旅行者で賑わっていた。
 ビルの1階はタイヤを扱っている会社なのか、通路にはタイヤがあっちこっちに転がっている。
 その狭い間をちょっと奥にはいると、右手に狭い階段が見えてきた。
 この階段を上りきると、宿舎の受付になっているらしい。
 階段を上がる。

   階段の踊り場にも旅行者らしき人が群がっている。
 チェックインを待っているのだろうか。
 受付の向こうが食堂になっているようで、部屋にはヒッピーまがいの旅行者が蟻のように群がっているのが見える。
 足元には、チェクアウトするのかチェックインするのか、旅行者の荷物が所狭しと置かれている。
 とにかく、見渡すと、若い貧乏旅行者ばかりだ。

   受付の前では、四五人の若者が何やら話しこんでいる。

       受付「チェックインは、1時からですからその時またここへ来て下さい!」

   カウンターに置かれた用紙に、名前を書いて呼び出されるのをじっと待つ。
 荷物を受け付けの近くへ置いて、食堂に入る。
 低いテーブルがぎっしりと置かれていて、テーブルの上にはTVも置かれていた。
 イラン人の若者が、ウエイターをやっていて、黙々と食べ物をテーブルに運んでいる。

   レジの前には料金表が張られてあり、それを見て注文すると、レジで打った領収書が渡されて、料金を支払うのである。
 つまり、食券を購入する訳だ。
 その領収書を持って、カウンターに行き注文した食べ物を申告するのだ。
 もし、英語が分らなければ、料金表を指差して「これ!」と自分の欲しい物を怒鳴ればいい。

   暫く時間が掛かるので、イスに座って待っていると呼び出される。
 呼ばれると、食べ物を取りに行く。
 つまり、セルフ・サービスなのだ。
 誰か呼ばれているのに、誰も立ち上がらない。

       俺「誰か、呼んでるぜ、全く!」

   そう思っていると、「ジャポン!ジャポン!」と言う声がして、俺の方を見ているではないか。

       俺「何?俺なの!」

   呼ばれているのは俺だった。
 気ずかなかったふりをして立ち上がり、カウンターまで行き、注文をした物を確かめて受け取ってくる。
 とにかくこのホテル、旅行者で満杯状態だ。
 ガイド書と言うのは、影響が大きいようだ。
 ホテルという奴は、人気が出るとサービスが悪くなる。
 旅行者にとっては、あまりくつろげる所ではないようだ。

   しかし、情報を得たい人とか、孤独に耐えられない奴らにとっては、身のよりどころになるだろう。
 旅に余裕は生まれるが、本当の旅の良さは失われる事だろう。
 周りを見渡すと、五六人の日本人も目にすることが出来る。
 ほとんどが、ヨーロッパからアジアへ入ってきた奴らばかりだ。
 日本人女性は、タイで見たッきりまるで見かけない。
 そんな中、山本君と言う青年と相部屋になった。

                          *

   午後一時ちょっと過ぎたところで、チェックインがやっと始まった。
 名前を呼ばれてカウンターに行くと、パスポートと引き換えにルームキーを渡された。
 部屋はNO21で、一泊60リアル(240円)だ。
 三階に部屋があって、中に入ると大きなベッドが三つ並んでいた。
 他には洗面器が一つあるだけで、トイレ・シャワールーム・ランドリールームは 各階にそれぞれ別にあるらしい。
 なかなかの設備だ。
 強行軍の旅の疲れせいか、暫くベッドに横になり、夕方近くまで眠ってしまったようだ。

   夕方、外に出る。
 夕食は、外で遭った日本人三人と、ホテル近くのレストランに入る。
 一人は、山本君。
 一人は、色黒の大きな若いやつで大きな声でよく喋る。
 もう一人は、顎鬚を長く伸ばした、得たいの知れない奴。
 顔と声とが、何ともアンバランスな感じがする。

   このレストランでも、食券を買った。
 注文は「チェロカバブー」。
 「シシカバブー」に名前が似ているように、山羊の肉である。
 ステーキのような大きな肉の上に、油で炒めたライスを山盛りに載せて、その上にバターを一切れのっかった料理。
 バターが温かいライスに溶け出して、なかなかの美味である。
 羊の肉も美味い。

   その他に、ブレッドと生の玉ねぎがついている。
 玉ねぎは、生のままかじる。

       俺「苦い!辛い!」

   一口で食べるのを辞めてしまった。
 これで100リアル(400円)。
 一食が宿代より高いのだ。
 三人は、食べながら各自の自慢話をし始めた。
 それも大きな声で喋るもんだから、他の客達が迷惑そうにこっちを見ている。
恥ずかしい。
 それでも三人は、全然気にしてない様子。

       俺「ちょっと付き合いきれないなー!」

   レストランの前で、三人と別れる。
 疲れているのが手に取れるように分る。




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